"昔コンビニでバイトしてたが、一番多かったクレームは「店員同士が楽しそうに会話していてわたしのことを笑っているのかと思った」というやつ。"
"というのは同じ環境にいたとしても(実際はすでに
格差があります)、人は違った反応をします。「動物としての人間」は独自のテリトリー(なわばり)をもっています。
1. 物理的に安全だと感じる空間(布団、部屋、家族など)が必要なんです。それが確保できないと、正常に行動を続ける事はむずかしくなります。災害支援ではこの実現が急がれました。
2. 人は意識の中にも安全だと感じる意味空間(Semantic Space)をもっていて、そこが快適・最適 (Optimization )でないと我慢できないのです。
そこを侵害して、地雷を踏む人=その人にとって我慢できない態度と言葉で語る人が許せないのです。本人は必死に、怒りの原因の説明をしますが、内なる地雷については本人も自覚していないので、周りの人は、なぜ怒っているかは理解不能なことが多いです。
その話の時に連鎖的に他人を不快にさせたり攻撃してしまったりします。こうなると泥沼化し地域紛争化します。"
"
そもそも古代ギリシアにはカオスとコスモスがあるのだが、カオスが自然で、コスモスが人工なのである。まず、それがわからなければダメである。
しかも社会というものはこのカオスとコスモスの間に挟まっている。このことも理解する必要がある。その社会には生活というものがある。しかもその社会生活は二つの別々の領域に分けられる。それがポリス(都市)とオイコス(家庭)である。このポリスからポリティクス(政治)が、オイコスからオイコノミー(エコノミー=経済)が派生した。
ああ、そうか、と単純に納得してはいけない。ポリスは明るい地上性に富んでいるところだが、オイコスは暗い地下世界とみなされた。このことを説明すると長くなるので省くことにするが、オイコスはアジア的で未開拓な、土地に根付いた野蛮なものとみなされたせいだった。
そこでオイコスの代表(家長)がポリスをつくるメンバーになるという制度をつくった。これをノモス(制度)という。ということは、ポリスはオイコスという経済的な下部組織をもとにできあがった地上の楽園であるということになる。"
爆音トランスで盛り上がる新オランダ国王即位イベントが絶賛の嵐
オランダでしか有り得ないこの状況。
無理くり日本で例えるなら、小澤征爾が指揮をとるNHK交響楽団の前で、電気グルーブの石野卓球がDJをし、そこに新しい天皇陛下が即位するようなイベントで、ステージ上で天皇陛下と石野卓球が握手しているところを想像して欲しい。
うん。無理だ。無理無理。日本では有り得ないなー。
"精神病者は自らの動物と闘い破れた敗残者であるかも知れないが、一般人は、自らの動物と闘い争うことを忘れ、恬として内省なく、動物の上に安住している人々である。"
"いじめに対して処罰より治療で対処、という方針は正しい。ただ、内藤朝雄のα-β体験理論「自尊感情の欠如がいじめを生む」仮説が正しく、かつ私の「日本社会は個人の自尊感情欠如を利用して人々を共同体に従わせている」仮説も正しかった場合、とても悲しい結論が導かれてしまう"